情報─「バベルの塔」の崩壊?

「AI」やその発展が「人間の仕事を代替していく」などという議論は、教壇に立つような人ならある程度知っておくべきことだと思っていた。しかし、同僚の日本語教師がほとんどこの話題について知らないばかりか、それについて知ることにも価値を見出していないことを知って、私は非常に驚いた。

私たちが日本語を教えているのは、これから進学したり仕事をしたりする若い人たちである。彼らは刻々と変化していく社会の中で自分たちのキャリアをこれから築いていかなくてはいけない。AIの発展がどうなっていくのかは、彼らの進路選択やキャリア形成にとても大きく影響していくことなのだ。教育に関わる人は、したがって、このような社会の変化はある程度は把握して、若い人たちの未来をともに構想できるような存在であるべきだ、と私は思っていた。

その同僚たちとは、日本語教師を育てる立場の人も含まれており、大ベテランたちなのである。

その同僚たちも、もしかするとワンチャン「東ロボくん」の頃までは、フォローしていたのかもしれない。いや、それさえもほとんど知らないかもしれない・・・などと、いったい何が起こっているのかを少し悶々と考えてみた。

私自身はどうだろう? 私が知っている「情報」とはいったい何なのだろう? 同僚たちとはまったく違う領域のことを知ってはいるが、同僚たちが知っていることは知らない。最近のドラマやアイドルのことはまったくフォローしていない。日本のどこかで突発的に起こった殺人事件のこともあまり知らないかもしれない。同僚たちが楽しそうにワクチンの副反応について話しているのにも入っていけない。

私は新聞はほとんど読まない。読んでもネットで読むし、ときどき日経を有料で読むこともあるが、料金が高いのでたいていは無料版しか読まない。アジアンドキュメンタリーやビデオニュース・ドットコムなどもある期間は有料で見たりまた解約したりを繰り返している。Youtubeやニコニコ動画で気になる情報を発信している人をフォローしている。政治系とテクノロジー系が主だ。音楽もときどき。最近DMM英会話を始めたので、世界のあちこちの人にその国のことや現地での生活のことを聞いている。不思議なことに、地球の裏側の方にいる彼らとの方が、リアルに目の前にいる同僚たちよりも身近に感じるときがある。

昨日今日、私がとても知りたいと思って調べ始めたのが、人間拡張技術。技術の詳しいことはてんでわからないのだが、これから人間がどうなっていくのか、人間をどのように変えようと考えている人たちがいるのか、変わった先にある世界はどういう世界なのか、どういう世界を作ろうと考えている人たちがいるのか、そんなことを知りたいと思って、ネット空間を情報を探してウロウロし始めている。

けれども、そういうことを知れば知るほど、バベルの塔はますます崩壊し、リアルの世界で私はますます孤立を深めていくことになる。

朝日新聞とNHKとそのほかのテレビ番組にどっぷりの両親とも、断絶は深まる一方だ。

同僚たちの情報世界はどうなっているのだろう。同僚たち同士は話が通じ合っているようなので、きっと同じ世界にいるのだろう。私はどうしてそこから離れてしまっているのだろう。

いや、同僚たちも果たして同じ世界にいるのだろうか? いるとしたらそれはテレビがつなぐ同じ世界? だとしたら、下宿とかしてテレビを置かない若い人たちは、SNSとかでおすすめされた情報にばかり接することになるのではないか。そうすれば、共通情報はどうすれば確保できるのだろう。

きっとこれまでテレビや大手メディアがつくりだしてきた「バベルの塔」は、あちこちで崩壊を始めているのだと思う。そのような分断された世界はどういう世界だろう。そのように分断された世界で、私たちはどのように権力に立ち向かっていくことができるのだろう。

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